「リスクアセスメント」の原形は200年以上前に剣術書で語られていた 

 −「リスクアセスメント」の原形は200年以上前に剣術書で語られていた −
     勝ちに不思議の勝ちあり、負けに不思議の負けなし

 「予曰く、勝ちに不思議の勝ちあり、負けに不思議の負けなし。
問ふ、 如何なれば不思議の勝ちと云う。
曰く、 道に遵い術を守るときは其の心必ずしも勇ならざると雖ども勝ちを得。
是れ心を顧みるときは則ち不思議とす、故に曰ふ。
又た問ふ、 如何なれば不思議の負けなしと云ふ。
曰く、 道に背き術に違う、然るときは其の負け疑ひ無し、故に云爾(しかいう)。
客乃ち伏す」                 
                      松浦静山の剣術書『剣談』より
(要約)
「負けるときには、何の理由もなく負けるわけではなく、その試合中に何か負ける要素がある。勝ったときでも、何か負けに繋がる要素があった場合がある。
試合に勝つためには、負ける要素が何だったか、どうしたらその要素を消せるかを考えて行く必要がある。
 また、もし勝ち試合であっても、その中には負けに繋がることを犯している可能性があり、その場合はたとえ試合に勝ったからといって、その犯したことを看過してはならない。」
 平戸藩の9代藩主であり、松浦静山(まつらせいざん)の書いた剣術書「剣談(けんだん)」の中にある言葉です。松浦静山は心形刀流免許皆伝の腕前で文政4年(1821年)隠居後に執筆した江戸時代後期を代表する随筆集『甲子夜話』で著名であります。プロ野球往年の名捕手・監督、野村克也さんがこの言葉を使っていたので、覚えている方もおられると思います。剣豪の試合での負けはすなわち死を意味し、安全診断を行なう我々の立場にあっても事故はすなわち死に直結するものであります。
この要約を安全の立場で「勝ち」「負け」という言葉を「安全」「事故」という言葉で置き換えてみると、
 「安全であっても事故につながる要素があり、事故には事故を起こす要素がある。
安全に作業するためには、事故の要素が何だったか、どうしたらその要素を消せるかを考えて行く必要がある。
また、もし安全に作業していても、その中には事故に繋がることを犯している可能性があり、その場合はたとえ安全に作業しているといっても、その犯したことを看過してはならない。」
 リスクアセスメントで言われるように、リスク(危険源)をすべて洗い出して調査し、職場の潜在的な危険性又は有害性を見つけ出し、これを除去、低減することが安全につながります。そして、災害が発生していない職場であっても潜在的な危険性や有害性が存在しており、これを放置しておくと、労働災害が発生する可能性があるというものです。
 われわれも、この静山の言葉を胸に刻んで安全診断をしていきましょう。

                        藤本労働安全コンサルタント事務所
                        CSP労働安全コンサルタント 藤本吟藏